刑事事件の流れ

刑事事件の事件のご依頼イメージをもっていただくため、実際の痴漢冤罪事件の執務事例をご紹介いたします。
否認事件にもかかわらず、検察官の勾留請求を却下の上で、不起訴処分を獲得したケースですので、冤罪事件対策としてもお役立てください。

痴漢冤罪事件について

混雑している電車内で被害にあわれた方は正確に行為態様や加害者を特定することも困難であるため、日常的に電車等交通機関を利用している場合には、被害者による勘違い等により痴漢に間違われるリスクは常に存在します。

しかし、不幸にも逮捕されてしまった場合には、そのまま勾留され、社会生活に甚大な被害をもたらす可能性があります。

警察に逮捕されると、48時間以内に検察官に送致されます。ニュース等で見聞きする身柄送検や書類送検というのは、この送致手続を指しています。

送致がなされると、担当の検察官が24時間以内に裁判官に勾留請求するか否かを決断します。すなわち、逮捕されたまま身柄送検された場合、原則として72時間は身体拘束されてしまいます。

「無実であれば勾留請求されない」と考える方も多いですが、送検された場合には、特段の事情がない限りは勾留請求されるという理解で差し支えありません。なぜなら、勾留は「刑事裁判を受けさせるかどうか判断する」という名目で行われるものだからです。身体拘束という点で類似はしていますが、有罪になり刑罰が確定してはじめてなされる拘留や懲役などと異なります。

検察官が勾留請求をし、裁判所がこれを認めると、被疑者は最長20日間勾留される可能性があります。よって、逮捕から勾留期間満了まで身体拘束された場合、合計23日の身体拘束が継続します。何かしらの罪にあたる行為を疑われた時点で、逮捕や勾留といった身体拘束がなされ、事実上の社会的制裁が開始してしまうというのが、冤罪事件のおそろしさです。被疑事件の弁護人の命題もこの不利益を最大限排除することにあります。


なお、逮捕の時点で、国選弁護人を呼ぶことができますが、送検後に初めて選任可能となるため、送検に対しては無防備になるというリスクがあります。また、勾留請求に対する防御にしても、送検時点で就任した弁護人に残されている時間は最大でも24時間です。実効的な防御を行うには不十分になる可能性があります。


一方で、逮捕された場合にすぐに私選の弁護人を選任できた場合には、逮捕後検察官に送致される前に、被疑者本人やその関係者と接触し、後に予定されている送検・勾留請求・勾留決定に対する防御の準備をすることが可能になります。

以下、弊所に対して、逮捕後送致される前に私選弁護のご依頼があったケースをご紹介いたします。

第1 ご依頼の経緯

逮捕から既に36時間程度過ぎた時点で、翌朝には身柄送検(身体拘束したまま検察庁当局に移送されること)という状態で、当番弁護士伝いに本人逮捕の知らせを受けたご家族が弊所に相談にいらっしゃいました。勤務先に朝の電車内で痴漢を疑われ、そのまま逮捕されてしまったということでした。

刑事弁護の依頼は、本人だけでなくその家族が依頼することもできるため、ご家族が分かる範囲の事情を聴取し、依頼を受け、すぐに被疑者(依頼者様ですが解説の便宜から「被疑者」とさせていただきます。)ご本人が留置されている警察署に向かいました。署内でご本人と面会し、事実経過及び取調べ状況の確認を済ませ、私選弁護人として選任を受けました。この時点で22時でしたが、その足でご家族と会い、その協力の下で検察官に勾留請求をしないように働きかけるための準備を行いました。

第2 検察官の勾留請求に対する防御に向けて

1 検察官の勾留請求に対する意見書及び関係証拠の提出

 個人の身体の自由を奪う勾留請求が無制限に認められることはありません。刑事訴訟法は勾留に厳格な要件を課しており、検察官の勾留請求を防ぐには、この要件を理解した上で、それぞれの要件を弾劾する証拠を集め、法的な主張に落とし込んで意見を述べる必要があります。
かかる意見は証拠付の「意見書」という形で勾留請求を担当する検察官に提出するのが望ましいでしょう。

 以下、勾留請求の要件である①罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があること、②勾留の理由があること、③勾留の必要性それぞれに分けて解説します。


2 罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由

 「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」とは、「罪」つまりは痴漢行為を犯したと疑われる事情です。これを伺わせる積極証拠としては被害者や目撃者の証言、繊維検査の結果や防犯カメラ映像等があります。被疑者の弁護人はこれに対する消極証拠を収集して罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がないことを示します。

 被疑者と初めて面談ができた時点で、弁護士として捜査機関側の証拠を入手し、捜査機関側の証拠自体を叩く材料を見つけることは困難です。本件では、②(勾留の理由があること)の意見の中で捜査機関が既に入手した証拠に対して被疑者本人が接触し、隠匿等の影響を及ぼすことはできないことを丁寧に述べるという方針を立てました。

 
3 勾留の理由があること

「勾留の理由」は、被疑者の住居不定・被疑者が証拠隠滅をすると疑うに足りる相当の理由・被疑者が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当の理由に大別されます。

(1)住所不定でないこと

 本件で、被疑者は定住所をもっており「住居不定」ではありませんでしたので、以下のように、証拠隠滅をすることはできないし、逃亡も考えられないということを中心に提示する方針を立てました。

(2)証拠隠滅について

 証拠隠滅については、捜査機関側が入手しているであろう証拠を特定し、これを逆算して、これを隠滅するおそれがないことを主張します。容疑を否認したり黙秘をしている限り、証拠隠滅の主観的な可能性は認められますので、単純に「証拠隠滅のおそれはない」と言うだけでは不十分です。

 本件では、防犯カメラ映像や目撃者証言といった証拠方法が考えられましたが、防犯カメラ映像は既に捜査機関側が入手しており、これを本人が消去することは考えられず、連絡先を知らない目撃者等に対する被疑者の接触も不可能であることを意見書で示しました。

(3)逃亡のおそれについて

 逃亡のおそれについては、住居や職業の安定性が重視されます。これを投げ打ってまで逃亡するおそれはないだろうと判断されるためです。

 ア 住居の安定性

 本件では、本人の住所は持ち家ではありませんでしたが、長年親族名義の建物に居住していましたので、住居の安定性は高いものでした。親族名義の建物であることを示す証拠としては、登記簿謄本や固定資産税関係書類等が考えられましたので、これらをご家族から入手し、証拠化しました。また、ご家族と会うタイミングで身元引受書を作成し、ご親族がしっかり監督しますという内容を示すことで逃亡のおそれのないことを補強します。

 イ 職業の安定性

 勤務先の安定性と本人の職務上の地位を相関的に述べ、重要な職業を放棄してまで逃亡を選択するのは不自然だというロジックを示します。

 本人には安定した勤務先に長年の勤続がありましたので、勤務先の安定性は業界誌の記事、決算書及びウェブサイトの写し等で支持し、本人の職務上の地位はご本人の申告を同僚の方の陳述や給与明細等で可能な限り補強して意見書に盛り込みました。


4 勾留の必要性について

 「勾留の必要性」という日本語自体から少し離れますが、これは、勾留による捜査機関側の利益と、被疑者の不利益を比較したときに均衡がとれていることです。

 刑事弁護人としては、捜査上のメリットがほとんどない一方で、被疑者側の身体拘束による不利益が甚大であることを示す必要があります。当然ですが、これも証拠付でなければ説得的ではありません。

 本件では、本人及びご家族から直近時点で事情を聴取し、ご家族に介護が必要な方がいることやその介護について本人の役割分担が必須であったことを示しました。これを裏付ける診断書や通院実績が分かる診療明細書等が有力な証拠になりますので、これをご家族から提供を受けた上で証拠化し、意見書に添付いたしました。

 
5 書面の完成後

以上の結果、本件の意見書と証拠郡が完成しました。

書面が完成した時には、すでに午前4時。捜査機関が予定している送致時間まで、あと4時間でした。

始発で本人が留置されている警察署に向かい、意見書及び証拠一式を提供し、本人の身柄とともに検察官がこれを確認できるように手筈を整えました。

第3 裁判官の勾留決定に対する防御

 検察官側にも社会全体の利益(公益) のために、犯罪を捜査し、犯罪者を罰することで社会秩序と法の支配が維持するという命題があります。「弁護士がこう言っているなら勾留請求はしないでおこう」などとしていれば、公益実現の見地から被害者側に立って訴追を行うという職責を果たせません。
 したがって、検察官による勾留請求自体を弁護人側が阻止できるケースは稀です。「それではこれまでの努力は無駄ではないか」と感じるかもしれませんが、そんなことはありません。
 検察官の勾留請求がなされることを前提に、ほぼ同内容の意見書及び証拠一式を、勾留請求を受けて勾留の「決定」をする担当裁判官に提出することで、裁判官が勾留決定をしないように働きかけることになります。
 刑事事件における検察官と刑事弁護人は、民事事件における原告・被告の関係にありますので、相手の言い分を採用するハードルは高くなりますが、勾留決定をする裁判官は双方の言い分を斟酌し、勾留の理由があるのかを中立的に判断します。したがって、身柄の解放を目指す主戦場はこの勾留決定をする裁判の説得になります。
 その朝、留置先の警察署に書面一式をを交付した後は、私は裁判官宛の意見書一式をもって裁判所に移動しました。外はだいぶ明るくなってきましたが、まだ裁判所は開いていない時間であったため「当直」という特別な窓口からを書類を提出します。新人の先生や普段刑事弁護をしない先生はこのあたりの勝手が分からず難儀するかもしれません。
おそらくなされるであろう勾留請求前に裁判官が書類を確認できるように整え、その後勾留決定をするにあたり口頭で裁判官に意見を述べるために待機することにしました。



第4 勾留請求の却下決定

案の定、本人の身柄と私の意見書一式の送致を受けた検察官は、裁判所に対して勾留請求を行いました。
しかし、担当裁判官は弊所提出の意見書一式を確認し、被疑者ご本人に対して「通勤ルートを変更することは可能かどうか」(被害者への接触可能性を排除するため)を確認した上で、勾留請求を却下しましたので、本人は解放されました。

近年少し緩和されておりますが、まだまだ逮捕がなされた後はほぼ自動的に「勾留請求→勾留決定」という流れに乗せられてしまうのが原則であるため、本人もご家族も勾留請求が却下された時点で、大変安堵されたと思います。



第5 不起訴処分に向けて

 本件では、勾留請求が却下されたため、取調べのために身柄を拘束されることはなくなりましたが、嫌疑が晴れたわけではなく、起訴されて有罪になる可能性はまだあります。この状態を「在宅起訴」と言います。身柄事件と異なり起訴までの時間的制限がなくなりますので、取調べの長期化も懸念されます。

 多くの場合、ここから起訴までの間で被害者と示談を行い、不起訴に繋げるというのが実務的な慣例となっています。冤罪の場合にも、起訴を逃れるために示談金を支払って起訴回避を行うケースも少なくありません。

 しかし、本件では被疑者本人は犯行を否認しており、私としてもその他の事情を丁寧に述べることで不起訴を獲得するのは十分に可能であると判断しました。起訴リスクも説明した上で、示談はせずに検察官に対し、丁寧に不起訴相当であることを説明するという方針を立てました。

 1 嫌疑の十分性

 逮捕直後と異なり、取調べも進行し、弁護人と本人の面談も複数回に渡ってくると、より事件の概要や特殊性が見えてきます。

 本件では、本人の犯行が困難と思われる事情を確認できました。

 すなわち、本件の被疑事実は、満員電車の中で自身の右側にいる被害者の身体を触ったというものでしたが、ご本人は右目の視力が極めて弱く、満員電車の中で自己の右側に位置する特定の人を定めた上で、的確に身体を触るのは困難でした。

 これを支持するため本人から診断書を入手し、犯行の困難性を文章化いたしました。

 
2 再犯可能性がないこと

 再犯の可能性がないことも起訴を回避する重要な要素です。身元引受人の存在や本人の反省が重要です。また、本件ではこれに加え、被疑者本人と面談し、処分確定後も通勤ルートの変更をし、誤解を与えない電車の乗車方法(両腕を上に上げて乗車すること)や目の悪さにより周囲の状況を確認できなかったことを反省し治療を開始することを決め、これを書面化しました。

 黙秘や否認をしているのであるから、反省の態度を示すことは不可能だと考えてしまうかもしれませんが、そんなことはありません。犯行を認めなくとも「誤解を与えてしまったこと」や「それによる恐怖を感じさせてしまったこと」などについて反省し、具体的な行動をもって改善することは可能です。


3 既に社会的制裁を受けていること

 検察官は、刑事罰に向けて起訴するのですから、既に何らかの制裁を受けている場合には、起訴するか否かの判断にあたって消極的に作用します。

 本件で、本人は、逮捕直後に当番弁護の弁護士や家族を通じて、会社に対し「痴漢容疑で逮捕されてしまったため会社を休む」と告げていました。通常は名誉が毀損されてしまうのを避けるため逮捕の事実を秘匿するのが通常ですが、本人は正直にこれを勤務先に申告していたため、これをもって既に名誉的な制裁を受けていることになります。

上の報告を受けていることを勤務先に述べてもらい、この事実を検察官に示して、起訴するか否かの判断材料にするように上申しました。

なお、勤務先に対して私から「被疑」段階であること、罪を否認したまま身柄を解放されたことを文章化し、名誉回復措置をとらせて頂きました。

 
4 不起訴処分の獲得

 以上の結果、被疑者は不起訴となり、無事同一の勤務先で勤務を継続しております。



第6 さいごに

 冤罪事件の問題の本質は、自ら行なっていないことを認めさせられたり、またはこれを認めないことにより罰せられることそれ自体ではなく、これによる社会に対する理不尽や不信の感情にあります。

 真実自分が行ったことや、真実自分が考えていたことを誰も信じて貰えず、屈してしまったという経験は、人生全般に大きな影を落とすでしょう。

 したがって、不本意な自白や示談金の支払いにより、処罰を免れたとしても、一連の経緯を全体として見れば、理不尽に屈してしまったことに他なりません。

 本件の事例が、冤罪か否かにかかわらず処分を免れるために自白や示談行った方が安全という慣例を疑い、まずは正攻法で防御を尽くしてみようという提言になれば幸いです。

なお、本事例はかかる提言効果にご理解をいただいた依頼者ご本人から許諾を得て紹介させていただいたものです。依頼者ご各位に対して、この場を借りて御礼を申し上げます。